国立能楽堂で、羽衣を鑑賞する

羽衣はなんどか、見ているのだが、脇正面で鑑賞したのは初めてだった。シテの動きがよくわかる。特に橋懸かりからの動きが美しかった。能楽は、退屈だとか、眠くなるという人が多いが、大人になって、寂しさ、哀しさを知るようになると、それなりにわかるようになる。

序破急というリズムがあるから、最後まで、序の舞いではないのだ。扇をかざすようになって、舞台が転換する。衣装も美しいが、舞いが変化するのを楽しむのもいい。気持ちよく眠ってしまっても、それも鑑賞の一部だと思えばいいのだ。

生死を分け合うひとときのつかの間の休息としての、能楽と、晴れの場としての能楽は、少し違う。戦乱の中で生まれて,洗練された芸術になったが、演ずるのはどろどろした人間模様だ。この世では満たされることのない生を、供養することによって、昇華させていく。

古文書講座の先生から、井原西鶴の好色一代男と、能楽のたとえを教わった。好色一代男では、世之介は主人公なのだが、後半は出てくる遊女たちがシテ役で、彼は旅の僧のようなワキ役なのだという。なかなか、面白い例だと思った。

今回、ちょっと観劇したのは、能楽堂の座席に液晶画面があって、字幕が流れていたこと。聞き取りづらい台詞も、ここに表示されるのはうれしい。日本語、英語と切り替えられるようになっていた。

■2012年9月21日(金)
狂言 口真似(くちまね) 野村又三郎(和泉流)
能   羽衣(はごろも)盤渉(ばんしき) 金井雄資(宝生流)

国立能楽堂で、能楽体験講座、そして宝生能楽堂で、能楽4番鑑賞

9月は、能楽月間。9/7に佐渡草刈神社で、杜若を見て、9/14は、国立能楽堂で能楽体験講座。この後、9/15に宝生能楽堂、五雲会で、能楽4番も堪能。最後は9/21に国立能楽堂で、羽衣を鑑賞する。

能楽が大好きなのは、いくつかの理由がある。その優雅な舞、太鼓、大鼓、小鼓、笛などによる音曲が、非日常を超えて幽玄の世界へと導いてくれる。閉塞感漂う、いまの世の中にぴったりの伝統芸能だ。能楽は死者との対話、植物などが霊になって登場する。

平家の公達が多いのは、滅び行く人たちだから。政治や権力の主流にある人は、登場実物には出てこない。不遇な最後を遂げた若者が、いちばん共感を得るのではないか。人の思い、情念のようなものが、僧侶の読経や、供養によって、浄化される。最後まで、どろどろとするのではなく、必ず、救いがある。

今回、久しぶりに4番もみて、心地よい疲労に包まれている。昔の人は、こういう楽しみ方をしていたのだ。江戸城でも、将軍は能楽を楽しんだはず。大名や将軍家になったつもりで、鑑賞すると、またひと味違う。今岸ではない、だが、あちらの世界からの使者との、交流。そして、対話。滅びた人たちは何を語るのだろうか。

戦乱の日々がつづく世に、ひととき、自分とそして失った仲間や家臣のことを思い出したのではないだろうか。能楽の楽しみは時空を超えたところにあるような気がする。

■五雲会番組  2012年9月15日 12時から18時45分まで (敬称略)

能「龍田」(たつた) シテ 和久 荘太郎

狂言「狐塚」(きつねづか) シテ 山本 則俊

能「通盛」 (みちもり) シテ 渡邊 荀之助

能「班女」 (はんじょ) シテ 水上 優

狂言「左近三郎」 (さこのさむろう) シテ 山本 東次郎

能「是界」 (ぜがい) シテ 東川 尚史

銀座で、トスカを見る

プッチーニのオペラ、トスカはあまりにも有名だが、そのハイライト公演をエレクトローンの伴奏でわすが三人で演ずるというのは、大きな冒険。それに挑戦して、かなりの手応えが得て、さらに進化した再上演があった。幸運にも初回も見ているので、そのすごさが伝わってくる。

銀座ヤマハホールは、一階、二階合わせて333席。こじんまりとしたすてきなホールだ。今回はチケットは完売している。
トスカ役は小川里美さん、美人で歌唱力があり、情熱的な歌姫にはぴったり。トスカ役が美人だと、物語が必然性を帯びてくる。彼女のためなら、死ねるとか,彼女をこの手を抱くためになんでもする、という男心が自然に理解できる。

トスカの恋人、カヴァラドッシ役は高田正人さん。恋人に対する誠実な、そして熱い思いが伝わってくる。白い衣装もよかった。特に今回は、サンタンジェロで歌う、アリア、星は光りぬ E lucevan le stelle がすばらしく、涙が出てしまった。

二人を追いつめる警視総監スカルピア役は、与那城敬さん。二枚目が演じると、本当に凄みが出る。トスカを我がものにするために、何でもやるぞという執念、そして、隠された愛、または、情念のようなものが伝わってくる。この人が恐怖を与えないと、物語は平坦になってしまう。

三人が三人とも、重責を抱えていて、微妙なバランスをとりながら、せめぎ合いして、ドラマは進む。悲劇なのに、ときおり、笑いが出る。哀しみと歓びは裏表の関係なのだ。ホールが小さすぎると感じたのはわたしだけだろうか。

そして、忘れてはならないのは、エレクトローンを自在に操る清水のりこさん。彼女はこの壮大なドラマを一台の楽器で織り上げていく。繊細で、大胆で、すべての音色をひとりで担当する。

終わった後にツィッター上でも、出演者たちが興奮冷めやらぬまま、今回のオペラの感想を言い合うのも楽しい。文句なく、今年一番の出来だったと思う。

三人で演じて、ここまで魅せることができるのかという、驚き、発見。何もかもに感謝したい。そんなすてきな時間を分け合うことができてよかった。次回もこの三人での挑戦、楽しみにしている。

ブラジル映画祭2012、試写会に行ってきました 【後編】

二日間にわたり、ブラジル映画祭の試写会に行ってきました。ブロガー招待です。二日目は、「センチメンタルなピエロの旅」。

人を笑わせる役のピエロが、人生について、ちょっと懐疑的になり、新しい生き方を考えたり、とストーリーは、人間模様についての考察でしょうか。移動サーカスの団員たちと、その旅風景も興味深く、どのシーンもいったことのない、ブラジルという国を見せてくれます。

この映画はブラジル本国でも、観客動員数が多かった作品で、家族や恋人と見るのをお薦めします。笑って、笑って、最後にちょっぴり泣けます。でも、通俗的ではなく、上質のドキュメンタリーをみているような気分です。これが見られてよかったと思いました。

ブラジル映画祭2012は、10/6 土曜日、東京からスタートして、大阪、京都、浜松で上映されます。予告ビデオも揃っていますので、ごらんになって、興味の引かれるものに参加されたらいいと思います。

前編はこちら

シャネルの新香水、COCO NOIR を聴いてきました

昨日のシャネルコンサート、實川風さんのピアノ演奏でした。偶然ですが、お名前に見覚えがあって、略歴をみると、2009年千葉県文化会館での若い芽のαコンサートに出演されていました。千葉出身の方です。

今回はピアノの小品ばかりを集めたすばらしいプログラム。うっとりと堪能しました。隣の席の1つ先には、やはり知合いの華道家がいて、ご挨拶したりしました。

コンサートが終わって、いつもはエレベータでそのまま帰るのですが、昨日は、心が高揚していて、ブティックの製品を眺めていきたいと思ったのです。バッグやネックレスをチェックして、二階の香水売り場で、足を留めました。

シャネルの新香水を確かめてみたく、売り場の担当の方にお尋ねしました。COCO NOIR、こちらがリリースされたばかりで、東日本では、まだ4店舗だけの紹介だそうです。

さっそく聴かせていただくと、バラの香りをベースに濃厚ではなく上澄みのような澄んだ華やかさが広がります。ちょうどパリの夕暮れ時から夜にかけて、すれ違う美人が見つけているような香りです。日本では、9/14発売ということで、一足早く聴かせていただきました。

コンサートに出かけて、香水を聴くというのも楽しみのひとつですね。

浮世絵師 溪斎英泉に行ってきました

知合いからいただいた招待券で、千葉市美術館で開催中の「浮世絵師 溪斎英泉」展に行ってきました。

浮世絵だし、文字も少ないだろうと気軽に考えていたら、大きな誤算でした。二時間かけても、まだ半分くらいしか見ていません。江戸のくずし字講座を主宰しているので、本当にタイムリーな企画。浮世草子では、まさに遊里の話だし、黄表紙も、助六が東海道を旅するのです。

江戸時代、遊郭というのは、単に女と遊ぶところではなく、そこから文化や流行が生まれ、江戸の暮しを遊郭なしに語れないと、先週習ったばかりでした。浮世絵なので、文字が少し出てきます。歌もある。それをなんとか判読しようとすると,膨大な時間がかかってしまいます。解説のあるものは、それと元の字を較べてみる。いままでの鑑賞とは、ひと味違っています。

「浮世絵師 溪斎英泉」というのも馴染みがなかったのですが、人物像はかなり書いています。美人画の他に、東海道の旅姿もあり、多彩な人だということがよくわかりました。

中に「美艶仙女香」という文字が出てきて、気になって探してみたら、国会図書館にデジタルデータがありました。当世好物八契・仇競今様姿 つく田嶋の晴隅田堤の桜両国橋夜景など、いろいろ見つかりました。

充実した展示に心地よく疲労して、戻ってきました。図録の代わりに、本も頼んでしまいました。

イタリア映画祭2012に行ってきました

2001年から始まったイタリア映画祭、日頃、あまり紹介されることにないイタリア映画が集結して、見ているだけで、イタリアの現実が透けて見えてくる。

ハリウッド映画のように、豪華なスター、豪華なセットではなく、イタリア映画は風景描写がすばらしい。同じロケ地を使っても、監督の姿勢で違う角度から描かれるのがおもしろい。

今回みたのは、「IO SONO LI」(シュン・リーと詩人)。ベネチアのようなラグーンにあるキオッジャという町のオストリア(カフェ+バール)にひとりの中国女性が現れる。彼女は故郷、福州に8歳になる男の子を置いて、出稼ぎに来ている。ここに集うイタリア人たちのなかに、ユーゴスラビアから30年くらい前に移民してきた老人がいて、二人は心を通わせ始める。

しかしながら、狭い町、田舎町で、中国人とイタリア人の友情はゆるされない。心を通わせてすぐに、別れがやってくる。

海の風景がすばらしい。主人公が中国女性なので、騒々しくもなく、静かに流れていく水の流れのようだ。だが、それだけではない。イタリアにおける移民の問題、あるいは田舎町まで、中国人が台頭してきて、外国人に乗っ取られるのではないかという危惧も感じている。

中 国で子供を抱えた女性たちが、よりよい生活を求めて、イタリアにやってくる。本来なら、夫が稼いで子供たちを養うはずなのに、それがいない女たちが出稼ぎ にやってくる。映画の中では、洋服の縫製工場が出てくるが、レストランや工場で働き、借金を返し、子供を国から呼び寄せるのだ。現実にそんな人が結構い て、その子供たちは、完璧なイタリア語を話して、学校に通う。

この作品の監督、アンドレア・セグレも子供たちが通う小学校で両親が中国から の移民の夫婦に出会い、中国について学んだそうだ。本来、ドキュメンタリーを作ってきたということで、事実のような淡々とした物語には、陰影があり、想像 する部分が残されている。主演女優のチャオ・タオの演技もすばらしかった。 今冬公開予定なので、ぜひみてほしい。

 

歌舞伎の面白さ

毎年、お正月は歌舞伎を見ることにしている。今年は歌舞伎座がないので、国立劇場の『四天王御江戸鏑』に出かけた。196年ぶりの復活狂言。大蜘蛛が出たり、宙乗りがあったりと、初めての人にも楽しんでもらえる舞台になっている。

お正月公演なので、着物姿の女性が多かった。自分も頑張って、着物で出かけた。また、外国人、それも若い人の姿が目立った。日本では、若者がわざわざ見に行かない芝居を外国人が、楽しそうに鑑賞している。

もともと、歌舞伎は庶民の娯楽だから、難解なことはない。大きく分けて、二つ、ひとつは通し狂言といって、その物語の全部を上演する。もう一つは、役者の見せ場を作るために、一幕か、二幕のある場面だけを並べたもの。役者中心の顔見世だから、そういうまとめ方も普通だ。

最初はイヤフォンガイド付きのほうが、安心。話の筋がわからないと面白さが半減する。そして、長唄、三味線などのお囃子の音色。踊りの場面では、必ず少し眠ってしまう。本当に気持ちがいいのだ。

それぞれのパートの方々が何十年も修業した技を見に行くのである。役者をみて、衣装をみて、話の筋をみて、お弁当を食べてと、本当に忙しい。客席で飲食ができるのも、歌舞伎のよさのひとつ。

江戸の話は、どこか懐かしく、本当にこんな人がいたのだろうなあと思わせる。今年は、菊之助が宙乗りをして、男役に挑戦したのがよかった。1/27まで、チケット状況はこちらから、確認してください。

また、1/11までだが、新宿の京王百貨店で、歌舞伎座幕あい市を開催している。これは歌舞伎座の売店の出店のようなもの。歌舞伎座でしか食べられなかったら、おそばや、紅白の鯛焼きなど、並んでいる。

 

銀座で、ココ・シャネルの写真展

銀座シャネルビル4階で、ココシャネルの写真展が開催されている。

日時 2011年9月4日(日)から9月29日(木) 12:00から20:00 無休・入場無料
『ココシャネル 1962』ダグラス カークランド写真展

chanel

これは、ただの写真展ではない。プライベートな時間を公開することのなかったココ・シャネルが、初めてみせた笑顔、 厳しい仕事ぶり、くつろいだ様子、友人との語らいなどが、ドキュメンタリー映画のように描かれている。

この写真を撮った巨匠ダグラス・カークランドは、当時27歳。金髪で誠実な美青年だった。当初、撮影を嫌がったシャネルは、専属モデルを撮影させて、その技術を高く評価し、三週間にわたる撮影を許したという。

この写真展の最初に、これはココの最後の恋、おんなは惚れさせようと願い、二人の間にはプラトニックな愛が流れていたと書かれている。本当に、そう思えるような、油断した、笑顔があふれている。あれは、恋人にだけ見せる笑顔なのだ。

そして、この写真のネガが最近になって、偶然発見され、写真展が開催されることになった、という事実にも、因縁を感じる。1962年のパリの日常生活が、さりげなく登場し、ココシャネルという人間の生き方まで透けて見えてくる。

シャネルビルは、ふだん、縁遠い人も多いと思うが、入口では親切に会場まで案内してくれるし、銀座でパリを体験というのも、粋なものである。ぜひ、足をお運びください。

映画、『ベニスに死す』の試写会に行ってきました

8/27は、午後3時頃から猛烈な雨、少し早めに家を出て、駅に着く頃には土砂降りになっていました。

そんな天気の中の映画、『ベニスに死す』の試写会。たぶん、この映画でなかったら、出かけなかったかもしれない。1971年製作ということで、今年が40年目。昔見たときから、そんなに年月が経っているのでしょうか。

今では、イタリア語も少し分かります。行ったことのある場所、それも場所が特定できるのがうれしい。こういうことが、大人になったということでしょうか。

131分と、昔見たよりも長いのです。DVDも持っていますから、見たことのない場面に、どきっとしたり。タジオの神々しいまでの美しさと、それに捕らわれる主人公アッシェンバッハの苦悩、歓び。

ヴィスコンティ監督がどんな人なのか、どんな意図で作ったのか、そういうことは、昔は考えもしなかったのです。

 

うまくいえないけれど、過去と未来と、そして現在が、交わっているような、あるいは、ミルフィーユのように重なり合っていて、一部は共有しているような気もします。

マーラーの交響曲がすてきなので、先にこちらを聴くほうがなじみやすいかもしれません。

ぜひ、ごらんになって、ヴィスコンティの耽美な世界に遊んでほしいです。