『屋根の上のヴァイオリン弾き』舞台通し稽古に行ってきました

東宝演劇部様主催『屋根の上のヴァイオリン弾き』舞台通し稽古見学に参加しました。ブロガー招待ということで、日生劇場の最前列で拝見できました。

この『屋根の上のヴァイオリン弾き』は、1988年頃、帝劇で観劇しています。そのときは、上条恒彦のテヴィエ、淀かおるのゴールデでした。

今回は、市村正親のテヴィエ、鳳蘭のゴールデという黄金コンビ。二人の繰り広げる夫婦、親子の愛がすばらしかったです。 物語は1905年、ロシアのアナテフカという寒村で、酪農家を営むテヴィエには、25年連れ添った妻ゴールデと、5人の可愛い娘たちがいます。貧しいけれど、幸せな家族。ここに住むユダヤ人たちは、しきたりを守り、静かに暮らしているのでした。

そんな中、娘たちに縁談が持ち上がります。驚くパパのテヴィエ、でもどんなことがあっても、娘たちを愛し、彼女たちが幸せになることを願って、テヴィエは許すのです。市村さんの演ずるテヴィエは、100年ほど前、本当にこんなパパがいたのだろうなと、思うくらい自然です。彼はまた、信心深く、神との対話もたくさんあります。

現代の生活では、神と語ることなどほぼないけれど、神を信じる生き方というのは、すてきですね。

妻ゴールデは、口煩いけれど、娘たちの幸せを誰よりも願って、細々と家のことを気遣っています。実生活でも二人のお嬢さんをもつ、鳳蘭さんならではの、演技が光っていました。三人の娘役もそれぞれに違った個性を演じていて、わかりやすいです。踊りもよかったですね。以前見たときは、台詞が多かったように記憶していますが、今回のものは、テンポが軽妙で飽きません。

ネタばれにならないように、多くは書けませんが、最後にはたくさんの別れがあるので、ハンカチを用意しましょう。
ぜひ、劇場にお越しください。ミュージカルって楽しいですよ。

二期会の「こうもり」を見てきました

二期会創立60周年記念公演の1つ、「こうもり Die Fledermaus」を見てきました。私が見たのは、2/21の小貫グループ。アルフレード役の高田正人さんが、すてきなブログで紹介記事を書いています。

今回は、演出なのか、アドリブが多くて、本当に愉しかったです。ウィーンでオペレッタをみたら、たぶんこんな感じなのかな、と思えるくらい。劇の始まりが、アルフレードが、指揮者に向かって、最近の指揮者は踊りもできるのね、と話しかけます。

事実、大植英次さんは、愉しそうに踊りながら序曲を指揮していました。有名な話ですが、恋と、ばか騒ぎ、そして、貴族になったり、女優になったりと、登場する人がみんなその人生を膨らませて、演ずるのがみていて気持ちがよい。

アイゼンシュタインのお茶目な三枚目も、そして、堂々としたハンガリーの貴族を歌う妻のロザリンデ、女中のアデーレまで、女優に扮して、舞踏会に招かれます。

恋のだまし合いや、そして、お金はあるものの、退屈しているロシアの公爵。人物の設定がすてきなので、演ずる人も生き生き見えます。アルフレードは、声量もあり、アドリブも随所にあって、最後の刑務所のシーンでは、トゥーランドットの Nessun dorma 誰も寝てはならぬ を二人で歌い上げます。

三幕なのに、あっという間に終わってしまって、もっと見ていたいなあと思いました。
二期会の豪華なキャスト、そして濃い中身に感激した夜でした。

カテゴリー: 日常

パリ、オペラ・バスチーユで、ワルキューレを観る

パリ最終日、帰国は23:20のエールフランス深夜便。調べてみると、この日は、オペラ・バスチーユで、ワーグナーの指輪シリーズのワルキューレの初日でした。マチネなので、14時から19時半くらいの予定のはず。つまり、オペラをみて、タクシーでCDG空港まで駆けつければ、飛行機に間に合います。なんという幸運と、さっそくパリ国立オペラの会員になりました。

演出はPhilippe Jordan (Direction musicale)、モダンな舞台です。これまで、みた、どのワルキューレよりも、哀しみ、愛、そして、恐怖が際立っていました。不幸なカップルたちの愛の物語なのです。舞台の始まりは、裸の男たちが次々と殺され、それを眺めているジークムントとジークリンデ。二人は引かれ合い、愛し合いますが、哀しい結末が待っています。

そこには、絶えず死が用意されていて、死出の旅路を連想させます。近松の道行きのような透明感があって、二人の行き着く先は死しかないのだと予想させます。

フリッカは、まるで真っ赤な薔薇の精のように、舞台を遠くから眺め、近づきます。この場面では、鏡が舞台を写し、観客は上から映し出された映像を眺めることになります。細部まで見えて、隠すこともできない神々。ヴォータンは、まるでカジノで全財産を賭けて、すべてを失った男として描かれます。新国立劇場のヴォータンは、モーテルでみえないテレビを眺めていました。

有名な「ヴァルキューレの騎行」も、乙女たちは、死人の身体を拭き、次々と蘇らせ、また、新しい死体を運び込んできます。このイメージ、日本では、見たことがありませんでした。ドイツの収容所を連想してしまいます。この前に「神風KAMIKAZE」をみたので、戦い、死体、その運搬というのが、とても怖いです。

ジークムントとフンディングの戦いで、ジークムントは折れた剣と共に殺されます。そのとき、ヴォータンはフリッカを突き出し、よく見ろ、お前が望んだようになったと、、死人を見せるのです。

ブリュンヒルデが父、ヴォータンの命令に逆らい、身ごもったジークリンデを逃がすのですが、その罰として、岩山に閉じ込められ、彼女を最初に発見した男のものになるのだ、といわれます。ここからが、今度は父と娘の愛の物語なのですが、パリでみたものは、二人の間の性的緊張関係、それは、フリッカには感じなかった深い愛憎を見つけることができます。この二人も愛し合っていたのか、と今さらながら気づきました。愛故に永久に離れ離れになる二組のカップル。ジークムントとジークリンデ、そして、ヴォータンとブリュンヒルデ。

ここでは、黒衣の花嫁衣装を身にまとったフリッカが去っていきます。

もうひとつの男女、ヴォータンの妃のフリッカと、ジークリンデの夫、フンディング。二人は正式な結婚による配偶者のはずなのに、なぜか、心の通じ合わないカップルとして描かれます。この悲劇も、忘れてはいけないでしょう。

演出はモダンですが、取り上げられているテーマは、愛。愛の物語だったのです。字幕は、英語とフランス語で舞台上部にでます。わからないときは、それを眺めながら、そして、心の動揺に震えながら、この愛の物語を堪能しました。席は前から五列目。オペラグラスなしに、舞台で何が起きているのかがよくわかります。音響もすばらしい。この新しいオペラ座は、どの席でも舞台がよく見えるように設計されているそうです。

19時過ぎに終わり、長いカーテンコールが始まったのに、中座するのはたいへん心残りでした。バスチーユから、タクシーを捉まえ、第二ターミナル、Eゲートまで、これを逃すと帰れません。次回は、ゆっくりとオペラを鑑賞できる日程にしようと思いました。

ビジュアルについては、こちらのサイトを参考にしてください。すてきな場面の写真が載っています。

1. ジークリンデも「あなたこそ春です」と歌い、二重唱となると、外には桜の花が咲いている。

2. 真っ赤な薔薇をイメージしたドレスを来たフリッカが、夫ヴォータンに、不倫、兄妹の近親相姦を抗議しにくる。赤は情熱ではなく、怒りの象徴。煮えたぎる血潮だ。

3. 疲れて眠りに落ちるジークリンデと、ジークムント。

4. 岩山に閉じ込められるブリュンヒルデ。傍らに立つのが父親のヴォータン。

フィレンツェは、歴史的遺産の国

初めてフィレンツェを訪れてから、40年になる。団体旅行、個人旅行と、もう15回以上出かけている町。今回パスポートを見たら、五年ぶりだった。町は変貌する。旅行者たちの質や、意識も変わる。

かつて、お買い物客で溢れていた町は、その意味では静かだ。アウトレットができ、インターネットのおかげで、日本にいてもイタリアモノが手に入る。わざわざ出かけて、免税手続きしなくても、宅配便で家まで届けてくれる。そういう時代に、昔ながらの商売は難しい。経営者の代もかわって、なじみの店が、名前が変わっていた。

五年間というのは、やはり長すぎる。せめて、二年に一度は出かけなくちゃと思った。町の勢いが無くなっている。なじみのホテルも改装中、星が減っている。また、新しいところを探さなくてはと思った。しかし、この町に何泊もしたいだろうか。

疲れて空腹なときは、どんなにすばらしい芸術をみて、感動しない。まず、胃袋を納得させなくてはと、レストランを探しつかれて、カフェテリアを思い出した。この店は、少々お高いが、品質がよく、味わい深い。おなかに何かが入ると、少し元気がでる。

混んでいるウフィツィには出かけたくなかったが、乗ったバスがそこで止まったので、降りた。さすがに二月の観光客は少ない。切符の列もなく、スムーズに入れた。

見たいと思っていた、ボッティチェリの「ビーナスの誕生」、「春」、そしてダヴィンチの「受胎告知」をまじかでゆっくりと見ることができた。 中はあちこちで改装中。屋上にカフェテリアができていて、そこから写したドウモの風景。

この町は美術館と、建物の面白さで、勝負するしかないのだ。

買い物も、食事も、ここでは、長居をしたくないと思った。

昔家族で何泊もして、美術館を巡った日々が夢のように思える。長年つきあった恋人がくたびれてきて、どうしようか、と迷っているところだ。

パリから、ベネチアへの乗り継ぎ便がキャンセルになる

2/10に日本を立ち、パリ経由でベネチアに着く予定でした。パリには定刻に到着し、長いターミナルを歩かされ、18:15発のベネチア行きに乗り込みました。すると、ベネチア空港が閉鎖されているので、しばし待つようにというアナウンス。二時間待って、結局便はキャンセルになりました。

振り替え用の便が21:15に出るからと、そちらのチケットを発券され、ゲートで待つことに。アナウンスのたびに出発時間が遅れて、10時半の段階ですべてキャンセル。どうなるのかと、思うと、隣の日本人団体の添乗員さんが大声で怒鳴っていました。

日本からの乗り継ぎ便に関しては、責任があるから、今夜のホテルを用意させます。頼もしいお言葉。海外で困ったときは日本人団体の近くにいて、同行したほうがお利巧。近くにいた個人客四人でカウンターで交渉すると、翌朝のチケットと、ホテルバウチャーまで発券してくれました。

さて、ここからが大変。シャトルでターミナル2までいったのですが、ホテルの運行バスは11時半で終了。近くにいたタクシーに聞くと、30ユーロ払えば連れて行くと、吹っかけます。同行者がいたので、二人で別のタクシーを見つけると、こちらは15ユーロでよいというので、乗り込みました。着いたのはホリディインCDG。フロントには、同じ仲間が並んでいます。このホテル、ビジネスと、エコノミーでは違うようです。先着順にホテルもフライトも決まるわけで、遅くなると昼便になってしまいます。

翌朝は7:20の便で、空港には六時までに来るようといわれていました。こちらもホリディインCDGの前でシャトルバスを待ち、ようやく無事にベネチアに飛び立つことができました。

マルコポーロ空港から、バスでローマ広場まで、そこからホテルは歩いて7分とのことで、探しました。迷った先のホテルで教わって、なんとか到着。人の親切に助けられての旅です。

自分の時間を大切にする

Facebookに流れてきた「知合いの新年の決意」、その中にSNSで過ごす時間を削る、という項目があった。面白いなあと、心に残っていて、先週から始めてみた。

見る時間を極端に減らして、コメントもいいね、も書かない。見ないのだから、書きよいがないのだ。すると、時間がたくさんあって、暇すぎるくらい。忙しくて,何もできないといっていたのは、SNSで過ごす時間があまりにも多かったから。

最初はちょっと不安で、ひとり取り残されるような気がしていたが、旅行中は、そんなにアクセスできないし、打ち合わせ、会議、説明会など、どこかに籠っているときは、ネット断ちをしている。ずっと旅行中と思えばいいのだ。携帯電話で、毎時,チェックしている人もいるが、それが気分転換だったり、仕事の確認だったりするならOK。

もし、ネットから離れるのが不安というなら、一日、携帯電話を忘れたことにして、放っておこう。要するに自分の分をわきまえて、大切なことをコツコツやるしかないのだ。コツコツと休まずに続ける。これしかないような気がしている。

2/5 火曜日、【企業のFacebook利用を考える】セミナを開催します

Facebookを始めて三年半が過ぎた。あすなろブログで知人が始めるので、まねしてみた。始めたものの最初は友だちも少なく、投稿した記事に、「いいね」とボタンを押す人もいない。

使う意義が見いだせずに、ツイッターでささやいていた。考えたことは3つ。リアルな友だちだけでいい、必要性がでるまで放っておく(真剣に時間を費やさない)、記録、あるいは備忘録として使おう。

それが、他のSNSからの移動組、ML廃止による新規グループ、昔の音楽仲間など、リアルな友だちグループがいくつかできて、ツイッターより、Facebookに比重が移った。

特に一昨年から参加した、スゴ本オフのメンバや、その派生的なグループで、活発な発言、投稿などが続いて、俄然、愉しくなってきた。いくつかのコミュニティに属して、イベントに参加してみると、便利なツールだということがわかる。個人的に愉しむ方法を会得すると、これを仕事に使うことはできないか、と考え始めた。

これまでの自分は、企業からではなく、個からの紹介、宣伝、報告などにより、
いち早く、特別な情報を入手できた。

一見さんお断り、予約がむずかしいお寿司屋さんをFB友からご紹介いただく、オペラのコンサートで、出演者にチケットお取り置きをお願いするなど、新しい使い方があることに気づいた。これは、企業の利用に応用できないのか、業種、業態では、有効なツールになるのではないか、などとずっと考えていたのだ。
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調べて見ると、Facebookページの作り方は、紹介されているが、それを作って、どうやって、活用するのかの事例紹介は、見当たらない。昔、ビジネスブログのセミナを始めたことを思い出す。

Facebookは、同じソーシャルメディアといって も、実名、顔出しの個人のネット
ワーク。これを企業が利用するには、ひとひねりもふたひねりも必要だと思う。

そんなわけで、 これまで、コツコツと貯めてあるデータやコンテンツを
使って、Facebookの企業利用についてのセミナを開催することになった。
http://www.madio.jp/mktg/index.html

もちろん、日々変化していくのがSNSの世界だから、この内容が絶対
だとは思わない。ただ、ベースラインとして、このあたりを押さえて
おけば、次のステップが容易になる という内容を共有したいと思う。

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題名【Facebookの企業利用を考 える,効果的な戦略は何か】

日時 2013年2月5日 火曜日 10時-12時 開催
9時半 受付開始

開催場所  東京都中央区日本橋人形町2-9-5

http://www.nittem.co.jp/nbox/map_suitengu.html

東京メトロ日比谷線人形町下車 5分
東京メトロ半蔵門水天宮下車 7分
都営新宿線浜町下車     8分

受講料 3,000円

受講希望の方は、下記の内容をコピーして
お送りください。 送り先 office@madio.jp
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【受講タイトル名】
【希望日時】
【受講者名】
【会社名】
【住所】
【電話番号】
【メイルアドレス】
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株式会社マディオ 藤原真由美
〒260-0854 千葉市中央区長洲1-10-13
電話043-222-0179   FAX043-221-8083
email: office@madio.jp
URL   http://www.madio.jp/
ブログ http://blog.madio.jp/j
facebook http://www.facebook.com/madiojp

壽 初春大歌舞伎@新橋演舞場を見てきました

新歌舞伎座が4/2に誕生します。それまでは、この新橋演舞場が、歌舞伎座の代行。ここで猿之助の襲名披露公演も見てきました。

お正月、特にこの時期だけの出し物があって、まず夜の部を押さえ、昼の部はどうしようかと、迷っていたら、三階席の花道の上ですが、前の方が取れました。

同行した主人が、三番叟から、じっくりと見ているので、不思議に思うと、舞台が近いから、息づかいが伝わってくるといいます。本当なんです。一等席にちんまりと座って見ると、気づかないのですが、舞台は立体。上から見ていると、役者さんたちがどんなに孤独で緊張に耐えているかが、よくわかります。舞台の上では、頼るものは自分だけ。日頃から、踊りや稽古に研鑽を積まないと、あの場所に立って平静ではいられません。

黒子のみなさんが大活躍で、簪を差し替えたりもしているのですね。舞台が次にどう展開するのか、裏方たちの準備を見ていると、よくわかって楽しい。眠る暇もありません。

壽 初春大歌舞伎。いっぺんに春が来たかのような華やかさでした。團十郎は休演ですが、初役の七之助が、桜丸を演じます。この人はいい役者になりますね。
最後の四世中村雀右衛門一周忌追善狂言、【傾城反魂香(けいせいはんごんこう)】。吉右衛門と、芝雀がいい味を出しています。鬼平で見せるきりりとした役柄と、こういう吃音の役の両方ができるのは、彼くらいでしょうか。

11時に始まって、15時すぎまで、たっぷりお正月気分を味わってきました。三階B席は3,000円、こちらも申し訳ないくらいのお値段です。もちろん、花道は見えませんが、その分、前の方なので、舞台の進行が手に取るようにわかります。踊りの時、いつ加わっていっしょに舞うのか、タイミングを計っていました。また、引き抜きも上からみると、仕組みがよくわかって面白いです。また、機会があれば、この場所を押さえたいと、思います。


昼の部
一、 寿式三番叟(ことぶきしきさんばそう)
三番叟  梅 玉
千歳  魁 春
附千歳  進之介
翁  我 當
二、 菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)
車引
梅王丸  三津五郎
桜丸  七之助
杉王丸  巳之助
金棒引藤内  由次郎
藤原時平公  彌十郎
松王丸  橋之助
三、 新古演劇十種の内 戻橋(もどりばし)
扇折小百合実は愛宕山の鬼女  福 助
郎党右源太  児太郎
郎党左源太  国 生
渡辺綱  幸四郎

【四世中村雀右衛門一周忌追善狂言】
四、 傾城反魂香(けいせいはんごんこう)
土佐将監閑居の場
浮世又平後に土佐又平光起  吉右衛門
女房おとく  芝 雀
狩野雅楽之助  友右衛門
土佐修理之助  歌 昇
土佐将監  歌 六
将監北の方  東 蔵

 

2012年を振り返って

2012年は、出会いと、発見の年だった。新しい知合いや、昔から知っている人と再会したり、繋がりがさらに広がって、強固になった気がする。

芝居や、音楽会にもできるかぎり出かけた。あの震災以来、今できることは、いまやろうと決めている。

8月に平成中村座でみた、め組の喧嘩が、勘三郎の最後の舞台となるとは、夢にも考えなかった。猿之助の襲名披露をみて、南座では勘九郎の襲名披露、そして涙の口上もみられた。また、オペラの楽しみを再確認して、メトロポリタン・パプリックビューイングで、久しぶりにオペラを映画館で楽しめた。夏にはブラジル大使館で開催された、ブラジル映画祭の試写会もあった。

仕事の方は、新しく始まった,江戸の浮世草子、黄表紙を読む講座が、面白く、改めて、江戸のすばらしさを実感した。近世畸人伝も、佳境に入り,荷田春満、賀茂真淵など、国学者、歌人の生き様を学べた。

年末に出かけた京都で、寺町通の仏教専門店で、近世畸人伝が正続、飾ってあるのを発見。ご縁とばかりに買ってきてしまった。明月記研究 10から、その出典先である、冷泉家時雨亭叢書まで揃えてしまった。高額な本を買うのも久しぶりのことだった。

七月の祇園祭、九月の佐渡奉納能、十二月の京都南座の顔見世、びわ湖ホールでの第九鑑賞、と国内出張も充実していた。

いろいろな意味で恵まれた環境にいると思う。大人になることは、可能性が狭まると考えていた十代。でも、実際は違っていて、経験と知識の積み重ねで、大人になるほど、できることが増えてくるのだ。Face Bookもこんなに活用するとは思わなかった。

中で、いくつかのサークル活動に参加していて、かなり忙しく暮らしている。来年も引き続き、わくわくすることに夢中になりたい。仕事もしっかりやって、廻りにいるひとたちを幸せにしたいと、切に思って暮らしている。

時間がないとか、モノが足りないからと挫けそうになるとき

いつも元気ね、といわれるが、挫けそうになることもある。〆切の時間から逆算して、絶対に間に合わない場合や、必要なものが揃っていなくて、完成しないときなど、このままどこかに逃げてしまおう、真面目に考える。

それでも仕事が続いているのは、たぶんそれが好きなのと、お客様が喜んでくださるからだと思う。誰かのために生きている、もちろん、自分のためでもあるのだが、ひとりではなくて、いつも周りにいるひとたちに助けられている。飼っている猫に助けられることもある。

不足を並べ立てて、不満をいうひとよりも、できないことを何気なくこなして、感謝される人になりたい。時間がなくても、不思議と、効率よくできることもある。私の場合、限定された時間内だと、仕事がはかどる。時間は潤沢にあればいい、というものでもないらしい。

下手でもいいから、毎日続ける。毎日やっていると、段取りの工夫が見えてくる。自分なりのやり方を見つけて、それがうまくいったら、周りの人と共有しよう。

最近は、空を写真を撮って暮らしている。身近な風景がレンズを通して、一瞬を切り取ると、また、別の景色になる。当たり前のことは何ひとつない。毎日、雄大な夕日が沈み、オレンジ色の空が輝く。そんな秘密を知っている人は幸いである。