フィレンツェは、歴史的遺産の国

初めてフィレンツェを訪れてから、40年になる。団体旅行、個人旅行と、もう15回以上出かけている町。今回パスポートを見たら、五年ぶりだった。町は変貌する。旅行者たちの質や、意識も変わる。

かつて、お買い物客で溢れていた町は、その意味では静かだ。アウトレットができ、インターネットのおかげで、日本にいてもイタリアモノが手に入る。わざわざ出かけて、免税手続きしなくても、宅配便で家まで届けてくれる。そういう時代に、昔ながらの商売は難しい。経営者の代もかわって、なじみの店が、名前が変わっていた。

五年間というのは、やはり長すぎる。せめて、二年に一度は出かけなくちゃと思った。町の勢いが無くなっている。なじみのホテルも改装中、星が減っている。また、新しいところを探さなくてはと思った。しかし、この町に何泊もしたいだろうか。

疲れて空腹なときは、どんなにすばらしい芸術をみて、感動しない。まず、胃袋を納得させなくてはと、レストランを探しつかれて、カフェテリアを思い出した。この店は、少々お高いが、品質がよく、味わい深い。おなかに何かが入ると、少し元気がでる。

混んでいるウフィツィには出かけたくなかったが、乗ったバスがそこで止まったので、降りた。さすがに二月の観光客は少ない。切符の列もなく、スムーズに入れた。

見たいと思っていた、ボッティチェリの「ビーナスの誕生」、「春」、そしてダヴィンチの「受胎告知」をまじかでゆっくりと見ることができた。 中はあちこちで改装中。屋上にカフェテリアができていて、そこから写したドウモの風景。

この町は美術館と、建物の面白さで、勝負するしかないのだ。

買い物も、食事も、ここでは、長居をしたくないと思った。

昔家族で何泊もして、美術館を巡った日々が夢のように思える。長年つきあった恋人がくたびれてきて、どうしようか、と迷っているところだ。

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