上野の森で夜桜を愛でる

今年の桜はなかなか咲かなかったが、週末にかけていっせいに 開いようだ。4/6 金曜日、たまたま上野で会合があり、 上野の森の夜桜を楽しんだ。 正直なところ、こんなに混雑している上野は初めて。かなり 冷え込んでいるのに、大勢の人が桜の花の元に集り、宴会をし ている。桜の花はぱっと開いて、すぐに散ってしまう、その 潔さが日本人の心情にあっているのかもしれない。

夜の桜は昼間見るのと違って、妖しい美しさがある。 それは、もう明日はみることのできない儚さにも 繋がる。 昨年から、さまざまな出来事があって、それでも桜は わたしたちを忘れずに咲いてくれたのだと思うと、 ありがたい。この時期、上野に集ったのも何かの ご縁だと思うのだ。

読書は最強のお愉しみ

電子書籍、紙媒体を問わず、読書は最強のお愉しみだと思う。道楽にしては、お金を湯水のごとく使わなくてもよい。いまどき、105円で三時間楽しめるなんて、すてきだ。

1. 場所を選ばない
海外でも、電車の中でも、あるいは入浴中でも、楽しめる

2. お金がかからない
古本なら105円で売っている、某ロングテールのサイトでも250円の郵送料を払えば、1000円以下ですいぶんと買える。

3. 年齢性別を問わない
児童書を大人が読んでもいいし、小学生が背伸びして源氏物語を読んでもいい。男性、女性、高齢者、若者、みんなが一冊の本を読むことができる。

4.  時間を問わない
開始、終了の時間は個々の自由。一冊の本を一生をかけて読んでもいいのだ。徹夜本といわれる、読み出したら最後まで読みきってしまう本なら、深夜スタートするのかもしれない。

5. 疑似体験ができる
物語の主人公になりきることもできる、その主人公に恋をすることもできる。読んでいる間は、浮き世の辛さもしばし忘れて、物語に浸れる。

6.  仲間ができる
1冊の本を通じて、人生を共有したような仲間が見つかる。同じことを語れる友だちができる。最近、仲間に入れてもらったスゴ本オフも楽しい。

7. 人生に退屈しない
ドラマがあったり、哀愁があったり、たくさんの生き方を見つめることができるから、退屈することはないのだ。

わたしはどちらかといえば、活字人間。電車の中で、音楽を聞くことよりも、本を読みたいと思う。夢中になっていて、降りる駅を忘れたこと、多々あり。地下鉄でスリラーを読んでいると、密室だけに怖さが倍増される。

そして、今の悩みは、自分の持ち時間以上に、読みたい本があること。本気で速読法を考えている。

 

大人には脱皮が必要なのかもしれない

年度末の3月が始まった。事務所には大切な書類と、趣味で集ったモノが溢れている。クリエイティブな仕事をするには、ふさわしくない状態だ。

大人が成長するためには、時に応じて脱皮が必要。転職とか結婚とか、外的要因で変わることもできる。新学期を期にして、身辺整理をするのもいいいだろう。

■片付けの基本は捨てること。

捨てるもの、保存するものを選別するのがいちばん、頭を使う。断捨離という言葉が流行ったが、あれは、たぶん第一次のお片づけ。捨てるというよりは、大人になるための必要な脱皮なのだ。

■現状の把握、収納スペースを考える

事務所には大きな引き出しが五段、普通の引き出しが四段ある。その他に本棚が四か所あって収納には不足ないはずだ。ところが書類が全部しまえない。不思議 に思って、引き出しを開けて見ると、先住者がいた。各種、大小の封筒類がしまってある。数年前の年賀状が取ってある。いただいた案内の手紙が大切にしまっ てある。

いちばん問題なのは、大切な書類の下に堆積されている過去の遺産。それらは、たぶんこれから先、使うことがない。

■優先度を考える

優 先度からみて、使い勝手のよい場所には現在進行中のプロジェクトをしまいたい。すんでしまったモノは、棚に置けばいいはず。すべてを断捨離しようとする と、消耗して先に進めない。とりあえず、今使わないもので、捨てることはできないものをボックスに入れて本棚に並べておく。

それらは、時間があるときに片付ける。あるいは、半年くらい放っておこう。こういうアバウトな判断が結構役立つ。むずしかしく考えずに、優先度だけ考えよう。

■お楽しみも用意する

大人の脱皮は成長するために必要な手段。モノを捨てて身軽になったら、お出かけしよう。買い物も、レストランでのお食事も、またオペラやコンートもいい。そうやって、身の回りを快適にしつらえておけば、幸運を呼び寄せることができる。きっとできる。

■おまけ

家の中での脱皮は、家族に宣言してしまおう。片付け途中の部屋をみても、文句を言われない。頑張ればご褒美がもらえるかもしれない。余力があれば、台所や玄関先まで、断捨離をしてみよう。新しい運気がやってくるかもしれない。

facebookが面白くなってきた

facebook、かなり前からアカウントを持っていたのだが、この二年くらいで、あたらしい展開がある。ツイッターでは流れてしまうタイムラインが、後から読み直すことができるから、便利だ。

フォロワーは知合いか、その友だちに限定しているので、気分的にも安心感がある。昔のネットの知合いが次々と移住してきて、賑わってきた。15年間続いたMLもこちらへと移行したら、日々の動向がわかって楽しい。

facebookだけで募集して、集う会もある。スゴ本オフがそれ。恵比寿のキッチンスタジオを貸し切って、美味しいものを食べながら、本について語るという至福なとき。ここに参加して以降、すてきな本との出会いがある。

もちろん、世の中には表と裏があって、よいことばかりとは限らない。facebookが面白いと、ブログを書く必要性が薄れてしまう。これも問題かも。

つくづくと人は集いたいモノなのだと実感する。孤から仲間へと、時代の流れもそうなっている。情報は集めるのではなく、共有して使うから楽しい。

これを読んでピンと来た方、3/16のスゴ本オフにどうぞ。今回は新潮文庫のしばりあり。申込はこちらのfacebookページから。

人生の棚卸しも、定期的に行なおう

先週、豆のスープを作るとき、食器棚を探したら、コンソメブイヨンが見つかった。なんと2009年10月の賞味期限。一年以上も前に切れている。ということは、二年前に買って、そのままになっていた。

ちょうどこの頃、イタリア語講座に通っていて、ひよこ豆のスープの作り方を教わった。それ以来、ブイヨンは使わなくなってしまった。

日々の暮らしでも、こんな変化があるのだから、仕事や、人生についても、激しく変化しているのだ。日頃は気づいていないが、人との別れや、仕事が変わったりするとき、初めて思い出す。

あの人にもう少し、優しくしてやればよかったとか、もっといろいろと教わっておけばよかったとか、後悔、先に立たずである。

だから、定期的な見直し、人生の棚卸しは必要なのだ。お金を貯めるコツは、まず自分がいくら持っているのか、いくら入ってくるのか、現状把握から始まる。棚卸しは、大切だと思った。

棚卸し: 決算や整理のため、在庫の商品・原料・製品などの種類・数量・品質を調査し、その価格を評価すること(広辞苑)。

これを自分の人生に置き換えてみよう。いま所有しているもの、その価値、これから達成しなければならないもの、簡単にできること、できないこと。棚卸しの時期は、自分で決めたらよい。ただし、毎年できること。

わたしは三月の上旬に一週間ほどかけて、ゆっくりと書き出してみようと思っている。書くことで、実現化は早まるから、過去、現在だけでなく、未来の思いも綴っておこう。

こういうのはやりながら、方法がみつかるものだ。一人ブレーンストーミングと、わたしは呼んでいる。現状を知ることで、無駄なことに時間とお金をかけなくていいし、未来への展望も開けるはず。

最後にひよこ豆のスーブの作り方を載せておこう。
先生の出身地の貧しい南部地方では、肉が食べられるのは一週間に一度だけ、あとは、よく豆のスープをたべたという。作り方は簡単だ。

1. ひよこ豆    200グラム
(缶詰のものはよく水洗いする、乾物はさっと、水洗いして、一晩水につけておく)
2. セロリの葉の部分、二三本
(2センチくらいにざく切りにしておく。茎はサラダなどに使って、残りを利用する)
3. ミニトマト 5、6個
4. ニンニク  1かけ(二ミリくらいにスライスする)
5. 赤唐辛子  1本(種をとっておくこと)
6. オリーブオイル 大さじ2
7. 塩 小さじ1

深さのある鍋にひよこ豆を入れ、水が豆から5センチくらい上になるようにして、2から5を入れる。オリーブオイルを上から注ぎ、塩こしょうする。蓋をして、沸騰したら弱火で15分くらい。豆が柔らかくなったら火をとめる。

乾物のひよこ豆を使うときは、弱火で40分くらい煮る必要がある。

シャネルのコンサートに行ってきました

銀座のシャネルビルで定期的に開かれている、シャネル・ピグマリオン・デイズ・クラシックコンサート。抽選制なのだが、登録すればだれでも申し込める。シャネルは芸術家への支援を惜しまなかった人で、その企業文化のひとつ。

ここには毎年、若手の芸術家が登場し、それを眺めているだけで、幸せな気持ちになれる。

2/13は、ヴァイオリンの瀧村依里さんだった。23歳という若さなのに、これまで数々のコンクールで優勝してきた経歴は、幸せのオーラのようなものを感じさせる。プログラムは、前半が馴染みのある曲を並べ、後半にR.シュトラウスの唯一のヴァイオリン・ソナタを持ってくる。

演奏はすばらしかったが、それ以上に瀧村さんの人となりに触れることができて、よい時間を共有したと思う。音楽家は楽器や歌に優れているのは、もちろんだが、短い時間で観客を魅了する技も必要。

彼 女はシュトラウスの演奏を始めるにあたり、こう語った。「この曲は、R.シュトラウスが23歳のときに創った唯一のヴァイオリン・ソナタです。わたしも ちょうど23歳。23歳の彼がどんなことを思い、どんなことを考えていたのか。彼の気持ちを理解するように演奏したいと思います。」

音楽家として、これから長い道を歩んで行く彼女は、幸せの光をばらまいていく人のように思えた。今年は、彼女の演奏を連続して聴きたいと願う。

 

寒くなったら、一枚余分に着るのが基本

最近、知合いと会うと必ずでるのが、「去年の今頃は、震災を知らずに暮らしていた」という一言。無駄使いはしていないという人たちも、エアコンは27℃くらいに設定し、肌寒く感じたら、すぐにエアコンを入れていた。

昔 の人に、「寒くなったら、一枚余分に着ればいいのよ」、といわれて、はっとなった。そういう発想はなかったのだ。アルミサッシュができる前、すきま風の多 い木造の家で暮らし、火鉢一つで暖をとっていたという。冬には綿入れを着て、家の中でも首にマフラーを巻いて、勉強した。

朝は薪でご飯を炊き、毎朝、五時起きして、かまどに火をつけたなどなど。今では、ぼんやりとしか想像できないが、それが資源をもたない日本の実情。何でも便利で、簡単になってしまったが、日本という国の本質は変わらない。地理的特長も同じだ。

 

夏は冷房なしで快適に過ごす術を考えたが、今年の冬は、一枚余分に着ること、そして湯たんぽを愛用して、足を載せて床暖房替わりに暮らしている。

エ アコンも部屋が暖まったら止めて、暖かな空気が逃げないように、カーテンを二重にしたり、お風呂場のドアを締めたり、冷たい外気が入り込むのを防ぐ。 ちょっとした工夫だが、震災前は何も実行していなかった。少し、気をつけるだけで、電気やガスの使用量が15%も少なくなった。

無駄使いしているつもりはなくても、電気を使う習慣が身に付いているのだ。知合いは、防犯のため、夜決まった時間に電気を点ける。帰った時、真っ暗な家が嫌だからと、タイマーで電気を点けていた。

寒い夜は、身体の温まる甘酒を飲んだり、生姜をすりおろして、葛湯にしたり、昔のひとの生活の知恵を学ばなくちゃ。

今年は丹前の生地でロングスカートを作った。夜になると、普通のスカートの上から、それを重ねて履いている。これが暖かで気持ちがよい。震災前には、思いつかなかった。

友だちは、薄手のカシミアセーターを着て、その上からシャツを着ているという。防寒用下着代わりになるそうだ。タイツを履いて、スボンを履けば、極寒でも暖かい。

ちなみにエアコンは23℃に設定してある。これでも十分、暖かいと感じる。不思議だ。家族も積極的に協力して暮らしているから、そんなものだ思えば、誰でもできると思う。

余 談だが、実は日本の厳冬にいちばんぴったりするのが、着物。何枚も重ねて着るし、絹の生地を重ねていると、軽くて暖かい。昔は部屋が寒かったから、着物に 羽織りを重ねて過ごしていたという。実際に着てみると、本当に快適。休みの日は、着物で過ごすのがいちばんの贅沢であり、防寒になっている。

 

スゴ本オフ、「戦争」に参加しました

dainさんのブログ、「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」でもすでに紹介されたが、スゴ本オフ、2月4日は、【戦争】をテーマに各自が持ち寄った本の紹介をする。

場所は前回同様、恵比寿のキッチンスタジオ。食材を持ち込んで、食べながら、喉を潤しながら、本について語る。この居心地のよさは、なんと表現したらいいのか。本が大好きな人ばかり集っているので、初めての人でも、すぐにとけ込める。

今 回、わたしが持ち寄ったのは、平田俊子さんの詩集、「宝島」と、暮しの手帖編の戦争中の暮しの記録」。平田さんの「カメラ」という詩を朗読した。戦争が テーマだと聞いた時、真っ先に浮かんだのが、平田さんの詩。4年ほど前に、銀座資生堂のセミナで、ご本人の対談の時、紹介された。

「わたしのかわいい寝顔をあなたは撮る」 で始まる詩は、恋人たちのラブソング、かと思うと、戦争の詩なのだ。その落差が怖いほどすばらしい。キッチンスタジオにはプロジェクタがないので、印刷物を配布して、詩を読み上げた。

暮しの手帖、特集号は、たまたま、京都恵文社の古本市で見つけたもの。家にも保存していたはずなのに見つからなかった。戦争中の人びとの暮しがきめ細かく網羅されている。子供たちに伝えようと思う。

今 回のスゴ本オフでも、新しい本との出会いがある。知らない大陸の端っこに捕まっているあの感覚だ。個人的に、読みたいと思ったのは、「ヒットラーのむす め」。あのヒットラーに娘がいたらという設定で、小学生高学年に理解できる世界史だという。オーストラリアの作家というのも気に入った。

他にも読みたい本はたくさんあって、「銀河英雄伝説」や「聖闘士星矢」のシリーズものを,朝までかかって読んでみたい。今回、唯一重なった「スカイクロラ」 だが、人気が高くてすぐに消えてしまった。

戦争というものが時代が経るにつれ、当事者同士から、代理戦争のように変わってきている怖さについて、語る方がいて、ハッとなった。大人たちが仕掛けた戦争で、子供たちが駆り出されるという例が世界中にある。今回紹介された本のなかにも、あった。

娯楽としての読書の楽しみというより、今回のスゴ本オフは、生き方について、真面目に、そして苦痛もありで考える時間をもつ、というコミットメントのようなものだと思う。

次回は、女と男、こちらもわくわくさせされる題材である。

柴又七福神めぐりに行ってきました

本日、「江戸から学ぶ会」の仲間と、柴又七福神めぐりに行ってきました。柴又は、とらさんで有名ですが、江戸期から、帝釈天で賑わっていた場所です。

京成高砂に集合して、第一番目の観蔵寺(寿老人)をお参りした後、高砂から柴又まで歩きました。さくら通りという道がほぼ一本道なので、おしゃべりをしながら、町並を眺め、新柴又に到着。


医王寺(恵比寿天)

こちらで、医王寺(恵比寿天)、宝生院(大黒天)をお参りしたところで、ランチタイム。冬の日のまち歩きは、ランチタイムが大切な休憩+栄養補給の場となります。冷たい中を歩いているので、注意が必要です。

今回はたまたま下見のとき、見つけた、フレンチレストランにお邪魔しました。小雨まじりの天気だったのか、この日はわたしたちで貸切。美味しい食事をゆったりとした気分で味わうことができました。デザートも充実していて、コストパフォーマンスに優れたお店でした。

ランチが終わると、雨も上がっていました。ここから、万福寺(福禄寿)、題経寺(毘沙門天)、真勝院(弁財天)、良観寺(宝袋尊)と一気に回ります。最初に台紙を購入して、七つのお寺を回り、御朱印をもらうと、御朱印付きの台紙になります。ご利益がありますよ。


万福寺(福禄寿)

今回は、小雨の中をお参りしたので、宝生院では、ご住職から中にお入りくださいといわれて、大黒様をお参りし、お線香も上げさせていただきました。帝釈天も空いていましたし、清々しかったです。

一年の始めに、七福神をお参りでき、今年はよい年になりそうです。

葛飾区は七福神の特設サイトを用意していて、親切。行かれる方は参考にしてください。

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難しくは考えないで、息をすって、心を軽くする

新しい年が始まって、二週間が過ぎた。年末年始は、休みも多いし、一月は実質二週間くらいしか残っていない。

仕事が始まったとたん、机の上は書類で占領され、大切な手紙とDM封筒が混ざったりしていないだろうか。寒い日が続くし、いつも元気にとはいえない。

そんなとき、難しく考えるのはやめよう。悪く考えると、物事は悪い方へと向かっていく。大きく深呼吸して、ゆっくりと息を吐き出す。まず、心を軽くして、自分のもっている力を信じることだ。

人と比較して、羨ましがったり、悔しがったりしないこと。あなたはあなたなのだから。自分にできることがたくさんあるのに、人の才能を羨ましがっている暇はないはず。

時間の制限のある中で、最良のことをすればいい。楽しいことを考えていると、時がどんどん過ぎてしまうように、軽やかに、しなやかに生きよう。

いらないものを手放す。聖域だと思っていたことを止めると、心が軽くなる。自分の心をねじ曲げてまで、無理して仕事をすることはない。いずれ、精神にゆがみが出てくる。

忙しいことはよいことなのだ。空虚さや退屈さに苦しめられる人よりも、ずっと幸せ。忙しい中の、真空の時間に、すばらしいアイディアが浮かんでくる。時間がたっぷりあっても、すてきな企画がかけないのと同じだ。

制約があるから、その中で、自分なりに幸せになる道を探しているから、前に進めるような気がする。

久しぶりに会った知合いに、あなたのブログを楽しみにしている人がいるのよ、と言われてうれしかった。そして、書くことの責任のようなものを感じて、少し緊張している。誰かに喜んでもらえるのは一番うれしい。

お金にならなくても好きな仕事をしている人たちは、それをよく知っている。人は苦しむために生まれて来たわけではないから、わくわくすることをたくさん経験してほしい。その中から、発見や発明があるのだ。

寒い冬も、ひとつの経験。工夫次第で楽しく過ごせる方法はたくさんある。寒さを利用して、干し柿や、干し芋を作るのも楽しい。夜、甘酒に生姜の絞り汁を入れて、ブレイクタイムにする。

お風呂の中に柚子や林檎を浮かべて、温泉気分を楽しむ。鍋が美味しい季節を堪能する。考えて見ると、冬だからできることがたくさんある。

毎日の生活を楽しめるというのが、基本ではないか。