日生劇場で、ドン・ジョヴァンニを観る

モーツァルトのオペラは悲劇の中に喜劇があって、見ている人は、その時の感情や気分で、それを哀しみや同情とみることもできるし、一方で舞台の上で演じられている一つの物語と、冷ややかに見つめることもできる。

オペラ劇場に集う人々は、どんな思い、あるいは思惑で望んでいるのだろうか。今回の「ドン・ジョヴァンニ」、土曜日の午後公演で、若い女性が多くて驚く。これは私の個人的な感想なのだが、ドン・ジョヴァンニ役の歌手は、かっこいい男性が演じないと、すべてが嘘くさくなる。

忠臣蔵の六段目で、お軽は、夫勘平のために、一文字屋に身売りするのだが、この勘平が色男でないと、話は成立しない。菊五郎や仁左衛門のような二枚目が演ずるものなのだ。

ドン・ジョヴァンニが、不誠実ではあるが、魅力的な色男だからこそ、ドンナ・エルヴィーラが押しかけていくのだし、ドンナ・アンナも誘惑されそうになって、逃げ出すのだが、婚約者のドン・オッターヴィオには、物足りなさを覚えている。今回のニコラ・ウリヴィエーリは、そういう意味でも完璧な配役である。蛇足ながら、フィガロの結婚の伯爵は、あまりにいい男だど、喜劇の要素が消されてしまう。こちらは長身だけが取り柄の人でいいのだ。

今回の演出なのだが、ドンナ・アンナ役の小川 里美さんが際立って、存在感があった。普通は、ドンナ・エルヴィーラが全面に出ていて、ドンナ・アンナは、悲劇の人、そして、優しいだけのドン・オッターヴィオに物足りぬ思い抱いている人、という印象である。だが、今回は違っていた。ドンナ・アンナは、こんなに目立っていた人だったかしらと思うほどである。小川 里美さんの歌唱力はすばらしく、きちんと自分の立ち位置がわかっている。彼女がドン・ジョヴァンニに襲われなかったら、そして、父親が娘を助けるために、闘い、殺されなかったら、ドラマは始まられない。サッカーで例えると、得点を入れるためのアシストである。最初の10分で、すでにゴールを決めていたのかもしれない。それほど、彼女の憤りは激しかった。理不尽なことに闘う、婚約者も巻き込んで闘うという姿勢がはっきりしていて、これは初めての経験だった。

ドンナ・エルヴィーラ役の佐藤 亜希子さんも素晴らしい。気品あふれた表情で、要所要所で、まだ、ドン・ジョヴァンニを思いきれない女心を感じさせる。喜劇の要素もたっぷりで、うまい役者だと思う。

ゼルリーナ役の清水 理恵さんも実にいい。こんな可愛い女に男は惚れてしまうのだろう。自分にはない要素なので、余計に羨ましい。姿も声も可愛くて、ドン・ジョヴァンニが、なんとか手に入れようともがくのもうなづける。

レポレッロ役の押川 浩士さんも、この下僕に徹していて、楽しい。今回、気づいたのだが、最後の夕食の場面で、騎士長の銅像がやってくるとき、最初にみたドンナ・エルヴィーラが悲鳴をあげ、その次に確かめにでたレポレッロが恐怖の叫びをあげるのだが、そのすぐ後で、旦那様、外に出てはだめです。玄関を開けてはだめです、と必死で止める。あんなにひどい目にあっていて、なぜか主人思いで不思議でならなかった。だが、ドン・ジョヴァンニは、気位が高く、天邪鬼。行ってはならないと言われると、素直に従わずに、出て行く。それを知っていて、レポレッロが、親切心をだしたのではないか。

チームワークもいいし、みんなの実力も競り合っていて、見ていて満足度の高いオペラだった。このグループは今週末7/7、横須賀でも上演する。

藤原歌劇団公演 NISSAY OPERA 2018
モーツァルト作曲 オペラ『ドン・ジョヴァンニ』全2幕
(イタリア語歌唱・日本語字幕付)
総監督:折江 忠道
指揮:ジュゼッペ・サッバティーニ
演出:岩田 達宗
管弦楽:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

2018年6月30日(土)14:00開演

【キャスト】 6月30日(土)
ドン・ジョヴァンニ    ニコラ・ウリヴィエーリ
ドンナ・アンナ      小川 里美
ドンナ・エルヴィーラ        佐藤 亜希子
ドン・オッターヴィオ        小山 陽二郎
騎士長          豊島 祐壹
レポレッロ             押川 浩士
ゼルリーナ             清水 理恵
マゼット         宮本 史利

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