去年と同じことだけしていればいい、ということになったら、退屈で死んでしまうだろう。毎日、新しいことが待っているから、わくわくしながら生きていけるのだ。
最近では、読むべき本もうず高く集まり、眠る時間が惜しいくらい、いろんなことが待っている。
今年も佐渡に、草刈神社の奉納能で来ているが、今年違うことは、海の風景を撮っていること。二泊するうちの一日は自由時間があるから、お天気さえよければ、浜に出て、海と雲と空が溶け合っているのを見ることができる。
中学生の頃、キヤノンの一眼レフを与えられ、写真部に入ったのだけれど、ぜんぜんモノにならなかった。そのうち、デジタルカメラが台頭し、銀塩カメラは使わなくなった。昔はよく、下手の横好きで撮っていたのに、それすら忘れている。
ブログを書くのに、写真が少なすぎといわれたが、挿絵のようにいれるのは苦手。そんなわたしが佐渡の海景色を載せているのだから、一年前には想像もつかない。
海景色を撮るには、宿屋から歩いて浜に出る。そして、海風に当たりながら、人生について、自分の生き方について、ブレがないかを考えてみる。海は思索の場所なのかもしれない。