7月の暑い盛りに、京都に行くのは、最初は勇気がいりました。それが、思いの外楽しくて、祇園祭の期間に触れ合う人びととの優しい、柔らかい時間にすっかり魅了されて、毎年出かけるようになりました。今では、七月になるのを楽しみに待っています。
祇園祭の楽しみ方は、人様々だと思います。わたしは仕事柄、祭りの前段階から参加するのが好き。鉾建てが始まり、町内で準備の始まる、7/13頃から京都入りします。今年は前祭、後祭と二週間に渡っての初めての開催。どうなることかと、気になっていました。
宿泊は四条付近。いつものように町歩きをすると、なんだが物足りない、途中で終わっています。新町通りの北側の北観音山、南観音山、八幡山がありません。室町通りの北側の、鯉山、黒主山、役行者山もありません。これらは今回の籤で、後祭。いつもなら、この辺りは屋台が出て、一方通行で賑わっているのに、今年は静かでした。南側では交通規制となっていて、ここから先には進めませんというアナウンスが飛び交っています。
山鉾には提灯が飾られ、夜になると灯りが入って、風情があります。昼間の暑い盛りに出歩くよりも、夕暮れのあとから、町歩きするのが似合っています。
祇園祭は、山鉾のお飾りを見たりするほか、屏風祭という個人宅を解放して、美術品を拝見することができます。名家では、この日のために飾り付けをし、家長が自ら、解説もしてくださるのです。
芦刈山の近く、染呉服卸の横山商店にお邪魔しました。ご主人自ら、お話しいただき、京都画壇で円山派の復興に貢献した森寛斎の「四季農耕の図」を見せていただきました。画像はお借りしています。
この屏風は代々、家に伝わるものですかと尋ねると、自分が20代のときに買ったものだといいます。当時、家にこの絵が付いていて、家と絵を両方買うか、あるいは、絵だけ欲しい人がいるから、その分、家を安く買うかと問われ、絵が好きだから、両方買ってしまった。今考えても度胸のあることをしたと思う、といわれます。本来なら、国立博物館に収まっているような作品を個人で所有していて、祇園祭の期間だけ、公開しているのです。こういう屏風祭、昔は130軒くらいあったのが、今では26軒だけということでした。
宵々山では、あちこちの山鉾がお囃子や踊りリハーサルをしています。町の人は、この時期、出かけるようです。山鉾巡行当日の籤改めの扇子あしらいの練習があったりと、町が祭りの呼吸をしています。見守っている人たちも無事にできると、拍手していました。
綾傘鉾のお囃子練習風景