奥の細道は、松尾芭蕉の紀行文の最高峰として、その名を知らない人はいないだろう。これにちなんで、小説もいくつか書かれているし、実際に、その旅程を旅するツアーもある。
カルチャーセンターでも、取り上げられることが多く、よく知られた、よく読まれた文章、のはずだった。
それが、江戸の古文書講座で、芭蕉が自ら書いた原稿をともに、丁寧に読み解くことを始めたら、世界が変わって見えた。この紀行文、うがったいい方をすれば、活字で読む物ではなく、江戸のくずし字を声を出して読む本なのだ。
旅の途中に出てくる地名も、その頁ごとに微妙に違っている。活字にすると、現代表記に基づくものが、その当時の呼び名で書かれているのは新鮮だ。
参加されている受講生の方からも、感に堪えたように、こんなコメントをいただいた。「これは活字に読んではいけない本ですね。江戸のくずし字を声を出して読んでいると、行間から情緒や情景が浮かんできます。」
それはまた、失われてしまった日本の風景の原体験なのかもしれない。芭蕉はこの旅を終えて、三年くらいしてから初めて版本として、出版したが、出てくる地名、歌枕、伝承の物語などをチェックしていたのではないか。平安の歌人たちが歌に詠む安宅の関、安宅山など、文字をみるだけで、物語が浮かんでくる。
昔を知ることは、今に生きるための知恵のような気がしている。